107日目 活動報告③ 問題提起と提案(2021/5/17)
長らく国際保健に携わっている人たちの講演でよく聞く内容。
外国人は外国において圧倒的に「よそ者」。
一緒に時間を過ごして相手の文化を学び、尊重して、長ーく過ごして、その間は何も言わない。
ひたすら一緒に過ごす。
いきなりきた人間が「これは問題だよね」と言って改善を図る活動は独りよがりのものになってしまう。
一緒に時間を過ごし続けて、
「〇〇に困ってるんだよね」
「〇〇ってどうしたら良いと思う?」
と向こうから相談されたら、こっちの活動のスタートの合図。
みたいな感じの内容。
「よそ者」は「新しい風」を入れるのに良いと思う。
違う場所を知っているからこそ、見える視点がある。
一方で、その地域は今までに何百年という歴史の上に成り立っている、というのを「よそ者」である私は絶対に忘れてはいけない。
本当にその土地の問題を解決したいのであれば、5年10年住むくらいでは勤まらない。
その土地の「いいとこ取り」だけして、本質は見抜けない。見抜けたとしても変えられない。
今そうなっているのには、何かしらの理由がある、というのを考えた上での問題提起と活動が必要だと思う。
外の人間はどこまでいっても外の人間だ。
外の人間のすることは、新しい風を少し、遠慮がちに入れることであると思う。
逆の立場、内の人間(ずっと住んでいる地元の人)の視点に立って考えてみた。
そういえば、地元に来て1年も経たない人に、「ここってさ」と自分の生まれ育った地元の問題を語られたり、仕事を始めたての人に「ここはもっとこうした方が良くないですか?」と言われるとイラッとしてしまうことがあったな、と思い出す。
「あなたはこれの何を知ってるんですか?」と。
なんでイラッとしたのか理由を考えてみたけど、今そうなってる理由を考える思考をすっ飛ばして、コメントするその姿勢に嫌な気分になるのかもしれない。
加えて、地元や仕事に愛着が湧いているので、それを否定されることへの反発心だったりが含まれると思う。
自分が内の人間の立場になった場合の理想としては、感情面を抜きにして外から来た人の意見は参考にしたほうがより良い未来が作れるんじゃないかと思う。耳を塞いで「うちはこうなので。」と意固地になるとより良い発展は望めない。
自分のコンフォタブルゾーンから抜けたくないだけになってしまう。
ただ、内の人間になった場合に自分が気をつけたいことは置いて置いて、それを現地の人たちに求めるべきではないと思うので、やはり相談されるまで待とう。
ということで、活動前の計画では「情報収集と関係づくり」に1年間、「実践・評価」に1年間くらいのつもりだった。
が、しかし、残りの実質活動期間は7ヶ月。(12月はクリスマスムードであんまり仕事ができる感じではないらしい)
どうしたものか。
と思っていたところ、学校の校長先生が
「先進国の人間から見た視点で、問題点と改善策を教えて欲しい」
といきなり言ってくれた。
CPはそもそも「あなたはどんな活動がしたいの?」と積極的に聞いてくれる。
「え?これもう活動開始して良い合図?笑」と解釈して、
せっかくなのでこの2週間で観察した中で(ガーナ人も問題と思っていそうな)問題点と提案をCPに報告してみた。
本当は栄養バランスとか、ゴミの問題とか、トイレの使用方法とか色々と取り組みたいと思う部分はあるけれど、それを言うのは時期尚早かと思う。
プリンターがないので手書き…。
日本語にしたバージョンが以下。
手書きの用紙でCPに報告したところ、提案内容を校長先生に言ってみよう!とのこと。
表情も前向き!!!
CPが問題と思っていそうな部分も盛り込んでみたのが良かったのかな?
とりあえず、ゆっくりではあるけれど、スタートが切れそうで嬉しい。