341日目 最後の感想(2022/01/06)
日本到着。
長らくつらつら書いて来た健忘録も最後になる。
活動についての情報発信を求められることもあって書き始めたBlogなので、自分の活動に関する文章をこんな風に公開するのはきっとこれが最初で最後だと思う。
SNSでの情報発信の方が現代の流れに乗っているとわかってはいるものの、自分は簡単に承認欲求の奴隷になってしまいそうだし、敢えてコメント機能もいいね機能もなく、誰が読んでいるのかもわからないBlogという媒体に記録することにした。
ガーナの1つの街でたった1年過ごしただけでは、ガーナの本当に極一部の1面しか見えていないと思う。
それならガーナのことをさも知ったように、むやみやたらと書くのはやめた方がいいんじゃないかとも考えたが、なんとなく、逆に住んだ時間が短いからこそ感じた気持ちを後々の自分に残したくなった。
実際、読み返してみると、あの時はそんな風に考えてたけど今はこう変わったな…みたいな気づきがある。
そして前に書いた文章を読んで恥ずかしい気持ちになるので、その分くらいは成長できたのかなと思う。
旅行じゃなく、1年間住んだから見えた景色と、1年しか住まなかったからまだ見えていない景色があるだろう。
ただ1つ確実に言えることは、この2年間は一時帰国も含めて自分の人生にとって、とてもインパクトの大きい時間を過ごした、ということ。
ふと、過去の自分に思いを馳せてみた。
高校生の時、「毎日学校に行く」という同じことの繰り返しが急に嫌になって、通学するために乗った電車でそのまま大阪に行こうかと思った。
けれど17歳の私は1人で県外に出たこともなくて、怖くて、結局いつも通り学校に登校した。
それだけ「外の世界」にビビりまくりだった私は、18歳の時に初めて大阪で1人暮らしを始めた時も、22歳の時に東京に就職した時も、知っている人がほぼ誰もいない中でのスタートに不安でいっぱいだった。
今回のガーナの生活も同じような不安からのスタート。
振り返ると、毎回いろんなことに怖いと思いながらも一歩踏み出したおかげで、自分の見えていた世界がちょっとずつ広がった気がするし、その分だけ人生の楽しみが増えた気がする。
この2年間はいろんな人に出会い、ガーナ人たちと過ごす時間を通して、自分の今後の生き方をゆっくり考える時間を持つことができたと思う。
結局、毎日の生きる時間の大部分は自分の手の届く範囲の人たちで構成されているという当たり前の事実に気がついて、つまりは自分を大切にしてくれる身近な人達を大切に思って過ごせば、毎日への生活への満足感はガーナで暮らしても日本のどこで暮らしてもあまり変わらないような気がした。
生活の不便さなんかは、さほど重要なことじゃない。
(と言いつつ、日本でお刺身を食べるのとお風呂に入るのを心待ちにしてたけれど。笑)
もし、仕事のパートナーがCPと違う人であれば、私のガーナでの生活は全く違うものだっただろう。
もし、コロナがなくて以前のようにたくさん日本人がいて賑やかな環境であれば、また全然違う2年間になったかもしれない。
そうなると、日本の公務員の人たちの働きぶりを間近で感じられる機会もなかったはず。
そう思うといろんな偶然が重なって、今に至るんだなと思う。
本来の活動は、関係性作りや活動のための情報収集に1年、活動に1年という計画だった。
だから再赴任してたった9ヶ月で自分に何かできるのか、正直不安だった。
任地の外に出られない制約やコロナになったら大事になるかもしれないなんてプレッシャー、活動もプライベートも制約だらけだった。
大きな流れから言えばものすごく小さな活動で微力とも言えないくらいな小さなもの。
けれど、そんな中で自分が心の中で描いていたくらいの活動はできたので、ちょっとほっとしている。
あと1年あれば、あれをしてこれをしてというところが少し見えたが故に、少し惜しい気持ちがある。
まあ、実際のところ、自分がやったことよりもガーナ人から学ぶことの方が多かったと思う。
日本はガーナが持っていないものをたくさん持っているけれど、ガーナも日本の持っていないものをたくさん持っている。
やっぱり、違う文化圏からの学びというのはシンプルにおもしろいなと思った。
これから先は家族や周りの人との時間を大切に過ごし、でも自分の好奇心にも引き続き貪欲に向き合うことをここに誓い、このBlogは終了したいと思う。
なんとこのBlog、小説1冊分に当たる約10万字以上。笑
私の暇つぶしに付き合ってご覧くださったみなさま、ありがとうございましたー!
おわり。